内容をスキップ

2つの鼓動が交じり合い、 
一瞬だけ重なって、 
また離れてゆく。 
殆ど黒い光が照らす、 
熱い息の情景。

誰も居ない白い海岸に、
見えない水平線を遠く、
目を細めて眺めている。
空とも海とも解らない境界線の、
陽炎を歌った。

単純な言葉の積み重ね。
洒落た言葉は要らないもので、
何気ない、いつもの言葉に、
一番優しさが表われている。

「裏切られた」と、手紙が来た。
続く言葉は少なかったけど、
痛いように解ってしまった。
そんな自分が嫌だった。
私は、最も信頼すべき人から、
裏切られたから。
でも、
私の方がもっと酷いよ、
なんて、
見せたくない。思われたくない。
だから声は途絶えた。

夢に出てくる春の情景は、
いつも同じで、
櫻が過剰に舞っていて、
その中に、
髪を押さえながら立っている、
誰かが居て。
夢の中では、
ずっと前からその人に恋をしていた。
でも、目覚めると、
その人は誰だか解らないし、
顔も憶えていない。

二人で海を見に行った。
互いに話したのは初めてだった。
二人だけだったが、
何と言う時間が過ぎるわけでもなく、
ただ陽に当たって、
海を眺めるのが良かった。
何も無い時間が過ぎていった。
ただ海を見て、
海岸を歩いて。
誰かを好きになることに、
臆病になっていたのか、
何の気持ちも起きなかった。
自分はどうなったんだろう。
どう変わったのかもわからない。
この時間に、
何も無かったのだろうか。

私には聞こえる。
もの悲しげなチェロの歌声が、
彼女の奏でるピアノの奥では、
かすかに鳴っているのだ。
皆は色もそっけもないと言うが、
私には情熱的な歌が聞こえる、
彼女にしか解らない、
悲しみが聴こえてくる。

忘れ物を取りに帰った教室。
まだ人が居なくなったばかりで、
西日になり掛けた陽の光に、
舞い上がった埃が、
照らされて見える。
初めての恋人と、
語り明かした空間。
今でも隣に居てくれる、
暖かさが、
陽の光によく似ている。

一日だけ魔法が使いほうだい、
って言う日があったら、
あなたは何をする?
世界中をお菓子の家にしても良いし、
鯨に乗って空を飛んでも良い。
朝起きて、
先端に星が刺さっている棒を渡されたが、
全く何をしようか迷うね。
あれこれやってみて、
全部失敗したけど、
とても楽しかったよ。

空の上に、
味気ないゴシック建築の、
古びた塔が立っている。
塔の周りには、
底の見えない湖が広がっている。
雲がとめどなく水を産んでいた。
私は湖に潜ると、
体がむず痒い感覚に襲われた。
気付いたら流線型の、
淡く光る何かに、
体の形が変わっていた。
魚とは明らかに違う。
潜れば潜るほど、
体の光は強くなった。
底に着くと、
塔がガラガラと崩れ始め、
この空も崩れ始めた。
残ったものは、
真っ暗な闇だけ。
生まれたふるさとが、
水面下に見える。
気味が悪いほど、
美化されたふるさとだった。

とても空虚で、
つかみどころの無いものが、
私の声だと思っている。
でも見知らぬ人が、
その声を聞いてくれていた。
この隔たれた音程は、
互いの声を、
淡く木霊させている。
見えない空間に、
見知らぬ人の声が、
満ち溢れている。
まだ聴こえない声を、
夢見ている。
(アルヴォ・ペルトへのオマージュ)