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 大学時代に管弦楽法の先生が関わっていた作曲グループ『屮』が主催する、現代音楽作曲家の作品発表コンサート内で演奏された曲。

 フランス和声のもっとジャズ寄りのような響きと、タイトルにもある『波動』という通り、その時間を追う毎のセクションのコントラスト、動機の呼応が美しいです。
 
 この曲においては和声(和音)、細かく言えば音程と、動機の構成が結び付けられており、冒頭3小節で提示されています。
 主題は特徴的な逆付点リズム(Beethovenのソナタ30番的な)で開始され、それは2音ずつ鳴らされる音の関連性を提示しています。
  • l1; a-c, d-b – それぞれ短3度
  • l2: a-e, d-f# – 完全5度, 短6度
  • l3: d-c, [gef#gaf#e-7] – 2度, 結句
 3度という調性感を生みやすい音程で開始され、それが5度6度と広がり、一度2度まで狭められた後、流動的な結句を置く。この曲の素材の展開はほぼこの動きに則っています。その後l4~l6も主題の発展と確保を兼ねていて、
  • l5の1拍目の2度に続いて装飾音、
  • l5最後の音から続くf-e-fの2度の揺らぎに続いて9度駆け上がる32音符のパッセージ。
  • そしてl5低音部[dea]3音の2度を含む和音をきっかけに、それまで上行型の動きが下行型に切り返され、主題を唄う。
 2度という音程が重要視され、ある意味濁りを発生する音程でもあることから、その蓄積されたストレスを開放する、という工程が変容されていきます。
 またここでの2度音程の後の結句については、上記の通り、装飾音から始まり、主題へと形を変えています。冒頭から追うと、主題は一度極小にまで分解され、戻ってくる。と言った変化ですね。
 
 もう一つはやはり音程がシステムに盛り込まれると「完全音程」というのは他の音程に比べ別格の扱いをされるものですが、この曲でもやはりそれは行われており、完全4度、5度が使用されると即座に流動的なパッセージが出現する仕掛けが施されているようです。
 冒頭ではそれは突発的には行われず、l7~l8にかけて丁寧に処理されています。ただ2つの展開の差別化を図るために、調性的なもので言えば突然の転調も行なわれいます。
 ここまでの分析を元にすれば、大きく2つの動機があるが、それらは「ストレスの弛緩」と言う展開の方法で統一が図られています。
 
 l11からはこれらの動機の呼応が2層間で比較的自由に行なわれています。(譜面上では第1行と第4行のグループ、それに対して第2行と第3行のグループ。)l22迄を一区切りとして見れば、この11小節間は主題の確保に相当します。それはこの曲の場合譜面上でも解りやすく表記されています。
  • l11~l16; 主題に音程を与えた素材が鳴り、流動的なパッセージがそれに応じる。この呼応は3度行なわれ、3度の内に主題は和音と音数が増えてゆき、流動的なパッセージは次第に「ストレスと発散」のレベルを高めてゆく。
  • l16最後の一音。突然の終始の後に4度が置かれている。主題提示の時と同じく、これまでとは違う展開の仕方の、ある意味信号音にもなっている。4度の信号音以降は主題について集中されて事が展開される。基本的には主題と流動的パッセージの呼応のスタイルは変わらないが、4度の存在が、その2つの存在を次第に近づけている。(l18-4拍目以降、l19-2拍目裏以降等。)流動的パッセージの変化は音程の変化によるものだが、流れで言えば不鮮明であった響きが4度の変化の間に透明感を増し、最後のDのペンタトニック・スケールで集約される。
 l23以降は第2変容と言えます。ここでも一貫して「ストレスの弛緩」は行なわれていますが、この曲を構成する最小単位である「音程」について突き詰めた展開がされています。
  • l23~l25; 2度音程を内包しながらも、4度の堆積、5度音程、そして2度は3度に発展する。要約すればクラスターが4度音程を経て3和音に変化する工程を経ている。l26はこの工程のリフレイン。
  • l27以降; 流動的パッセージが再び登場。しかしこれはl42以降のシーンのための伏線でもあり、変容が控えられている且つ相当のストレスを貯めるシーンと言った形に構築されている。先に流動的パッセージの変化を追うと4回目までは音域だけの拡大で、2回までな[d,c]2音。3,4回目は[b]音が追加されるが、使用される音は厳しく制限されている。5回目、高音部を貫くような透明度の高い響きに変化する。これは完全音程で構成されている。これを経た後の6度目は、主題で言うところの「転調」に相当する事が行われており、4回目までの[d,c,b]から6度目は[d♭,d,c]の3音に変更される。
  • 主題の変化を追うと、2度堆積のクラスターから音程の変更を行い、最終的に長3度のみで構成される増3和音で一度落ち着く。増3和音はこの曲においてはここに来て新しい響きで、これを境にl23~l41迄のフラストレーションを開放する方向へ音楽が向かう。

 l42以降は流動的パッセージの変容のオンパレード。しかしその変化を追ってゆくとまた繊細にストレスの開放が調整されています。

  • l42~l48; 限定された音での展開が行われる。ここでは上声部と下声部のリズムが一致しない。時間の流れはやや不鮮明な構築にしてある。
  • l44から現れるのが3度音程の重音。これは音数が増えて高揚すること、2連符型と3連符系のリズムの淀みのバランスが変わり、少しずつその淀みが開放される効果を見出すことが出来る。
  • l42~l48にかけて拍数が少しずつ減らされている。それに伴い低音部の動きも切迫され、且つ音程の上下の動きも活発になる。しかし低音部はl42~l48の間、非常に限定された音でのみ進行している。これも変化を抑えたストレスを与える効果につながっている。
  • l50~l53; ここで始めて2声部間のリズムが揃い、時間の流れが鮮明になる。同時に低音部で鳴らされる音の種類も、厳しい限定の中だが変化が豊富になり、l54の大きな開離で置かれているD音に突き進む。
  • l54以降はl11からのシーンのリフレイン的なシーンとも見られる。シーンの持つエネルギーはダイナミックな音響だが、その変化をあえて抑えて構成されていることから、一種のインターミッション的な効果も同時に持つ。
  • l61はこの楽曲の冒頭から増3和音迄のプロセスを一瞬にして要約している。
  • l62からまた流動的パッセージの変容が再開されるが拍の切迫からみてその展開は急であり、l65で低音部が主題の様相を見せ、その形態で切迫、且つ流動的パッセージの跳躍音程とも結びつき、l68では主題と流動的パッセージが完全に融合する。
  • l70からは2度音程を内包するクラスターで更にストレスを与え、l72のカデンツァでのストレスの開放に備えている。l72のカデンツァは上行するときの音程に比べ、下行する時のエネルギーが大きい。低音部に行くに連れ隣接する音程間は広げられている。
  • l72末尾~l73は、主題の切迫を音程及びクラスターの堆積で集約している。

 l74以降は再現部及びエンディング。冒頭の旋律のカノン的な切迫と流動的パッセージの断片が混在し、l80に向けて流動的パッセージは断片を集めながら形態を完全にして現れます。この間の低音部のF音は非常に印象的ですが、時間を追うごとにリズムが切迫され、l80後半での爆発、l81-3拍目での強力なクラスターに集約され、その後の破壊力の後にやはりストレスの発散が行なわれる位置に。冒頭に提示された形態の流動的パッセージがカノン的に木霊します。

 l83以降は音程と主題の呼応が継続されるが、低音のクラスターが豊かな倍音を生む中で、高音部の主題は完全音程に向かって昇華されます。最後の1小節は完全4度の堆積で構成される音で終わります。