Skip to content

霧の中で私は歩いていた。
とても濃い霧だった。視界が非常に悪い。
太陽の光さえ遮られる様な濃い霧。少し黒い霧だったのかもしれない。
そして蒸し暑い。
黒い霧は体に纏わり付き、いくら瞼をこすっても絞られたピントの様に、見えるべき世界は狭く成っていった。

視界の外から、何か触覚だけが私に与えられた。
私の左手をぐいと引っ張ってくれた。
そして声。
そう言えば気付くまで音は無かった。
その声は鼓膜ではなく私の脳に直接語りかけていた。
しかしその気持ち悪さは無かった。
懐かしい気持ちを抱いたその少女の顔が、狭い視界に入り込んでも認識に時間は掛からなかった。

「行こう?早く」

私の足取りは不安定で、右足が道から外れ土を一度踏んだ後に、また左からぐいと引っ張ってくれた。
その土から生える木があった。
ぐにゃりと道に太い枝を伸ばしており、道を歩くには頭をぶつけそうな程低い。
しかし雨を遮ってくれそうな優しさも感じられる。
この黒い霧の中ではそれは恐ろしさにもに見えたが。

木を越えた後に言葉が聞こえた。
「うん、そうね。行かなきゃならないの。」
私は少女に問うた事を忘れていた。
幼い頃に抱いた感情がその時間には流れていたからだ。
とにかく何か話したくて何を問うたかもわからない。
そんな感情だ。
私達は確かに同じ道へ、それも懐かしい学舎に向かって歩いていたのだが、私達は多分生き疲れた現代の齢のまま霧の中を歩いていた。
帰りは10時。もし良かったら一緒に、と。
そして霧は黒さを増した。
もう景色は見えない。

夏は雨を降らせていた

今の私は様々な人に支えられて生きている
やっとそう思えるレベルまで自分の心が成長した
全く私は
何歳になってそんな恥ずかしい事を言っているのか

共に夢を目指す仲間や
無力な私にやり甲斐を教えてくれる人もいる
それはこれまでの私から考えれば
何と贅沢な存在たちなのだろうと思う

それまでの私には葛藤があった
幸せなはずの世界が幸せではない
そしてその世界はどんどん崩れて行った
物事全てに理由はある
そして自然災害以外は全て人災だ
だからと言って人のせいにして喚き散らすほど
私も落ちぶれたくない

だから何があっても堪える
そう言う日々しかそこには無かった
そしてそれは
頑張れば幸せになったかもしれない世界に
何かを手助けする力すらをも奪って行った

次どうなるか分からないまま仕事をやめた
少ない貯蓄でどうにでもなれと思い
短いであろう有意義な時間を過ごそうとした

そこに世界は
私に最後のチャンスを与えてくれたのかもしれない
そう判断するかは私自身の問題だ
宗教や瞞しでもない本当のチャンスだった

それは今迄を少し失わなければならなかった
だが今の生活の全ての要素を考えると
やはり過去の積み重ねに違いは無い

問題はチャンスが訪れるほんの少し前の期間
そこに居た誰もが不幸せな時間
それはまるでパラレルワールドの様に
違う歩みを始めて行った
その時間に取り残された人は
そのまま狂って行ってしまったらしい
それを嘆いてその世界から助けを求めて来ている人が居る
私は諸手を広げて迎え入れる事はできない

例え迎え入れても私の今の幸せが無くなるわけではない
でもその世界はもう私の手に終えなくなっていたのだ
ほとぼりが冷めないと何もできない
私自身が無力な事に何も変わりはない

その狂った時間は私の身近にも存在している
あのパラレルワールドの名残だ

人の数だけ枝分かれした先端にある物語を進んでいる
しかし枝は根っこに繋がっている

私が一つだけ自負しているのは
その根の存在を忘れたつもりはない事だ

しかし私が不幸せだと自身を感じていた時は
果たしてそうであったのか謎だ
だがそれに改めて気づいた時
世界の動き方が変わってきたのだった

結局世界は自分が映ってる鏡だったんだ

僕は今更幸せとかは欲しくない
今迄不幸せだったかというとそうでもない
だけど幸せではなかった
何もなかったから

幸せを手に入れるためには色々努力が必要だ
だけど誠実なんて選ばれた人間にしか与えられない
僕は全然違うしどちらかと言えば酷い人間さ

ロマンティックとかロマンスとか
ロ…なんとかって類のモノはすっかり忘れてしまったさ
堕ちて行く人間はどこ迄も堕ちて行けばいいと思うし
自分勝手なやつには自分勝手にしか返さないさ

人の事赦さないとね
色々やってらんないけど
それもね
疲れたよ

思い上がっていたいな
もっと悪い人間になりたいな
そう考えても何も嫌悪感を感じないくらい
腐りたいな
人として
腐って死んでしまいたい

形にしたいものがあるなら
それは空に描く事は出来なくて
守りたいものがあるなら
それは海に伝えることもできなくて

一番綺麗なものは
夢の中の絵画
そんな高尚なものではないけど
壊したくないものだから

手に入れたい喜びとは
悲しみを夢の中に抱きながら
誰かのために捧げるものではない
ただそっと側に居て
ただそっと隣で息をして夢見る

その淡く転がり落ちる反射を
僕は受けるだけで
その力強い歌声を
僕は体で聞くだけで
ただいつも側に居て
ただいつも隣で息をして夢見る

突然里帰りすると言い出したので
準備もままならないうちに車に乗った
長距離運転など久しくやってない父親の運転で
田舎を目指して走っていくのは心配だ

突然行く必要のない道へ入っていった
少し近道になるから
田舎に着いたら呑む時間ができるだろうと

呑むという行為は
自分が運転をするようになってから
尚更苦痛な時間になってしまった
でも呑むという事は
酒が主体ではなく
その周りの事だから
それがわかっていても辛いものは辛い

そんな事が頭を巡っている間に
うんとかああとか曖昧な返事をしていると
近道へ行くか行かないかを迷わせていた
何かが嫌になって道路へ飛び出た僕は
深夜でも唯一動いているコンビニへ駆け込んだ
なぜ制汗剤などを買ったのか
それを薄手の手袋の上から塗った

何処へ帰るべきかもわからなくなり
家に帰ってしまった
しかも電車でだ
だけど家には家族がみんな居た

準備し忘れちゃったからねと
母は着替えをたたんでいる
時間まで先に戻ったのか

父親は玄関先で近所の人と話をしている
これは里帰りではなく引っ越しだったのか?

喋る部屋の中にはピアノが一台ある
喋る部屋は生意気にも電話をしている
中央のテーブルに受話器が転がっている
ただしそれが機能しているのだ
僕は人目に見つからないようにこの部屋へ辿り着き
ピアノを弾くことが唯一の安らぎだったが
喋る部屋だった事を知ると居心地を悪く感じてしまった
特に何も文句を言ってこないことも不気味だった
最近の喋る部屋はトーク技術を身につけたいがために
山寺宏一の声真似をする方向へ走っている
妙ちくりんだが上手い

喋る部屋のドアを背中に
そこから伸びる階段を急ぎ足で降りた
また一つ僕の逃げ場は消えてしまった